前橋空襲を語り継ぎ、平和資料を収集展示の形の検討会・第2回会議 報告

日時

令和2年3月2日(月曜日) 午後2時~午後3時15分

場所

前橋市役所 11階南会議室

出席者

・座長 手島仁

・委員 鈴木正知、真下靖、笠原弘、岩根承成、浅尾剛、原田恒弘、田名網雅久、
            町田錦一郎、工藤征次郎、深澤泰明、大久保武、東野善典、栗木信昌、平岡康弘、
            稲田貴宣、平石秀樹

・傍聴者 2名

・事務局 草野修一、梨木章広、若島敦子(代理:岩瀬孝弘)

欠席者

・委員 大井常利、大森昭生、中島克人、堀越規子、川端利保

・事務局 原田陽一

会議の内容

1 開 会

2 あいさつ 前橋学センター長 手島 仁

3 協議事項(進行 手島仁座長)

(1)各団体のこれまでの活動内容の紹介と共有

1.前橋市に平和資料館設立をめざす会【説明者:浅尾剛委員】

別紙、資料1に基づき説明があった。

質疑応答
笠原弘委員(前橋市生涯学習奨励員連絡協議会副会長)

戦死者という発言があったが、兵隊なのか前橋空襲による戦死者なのか伺いたい。

浅尾剛委員

兵隊である。

笠原弘委員

昭和20年8月15日が終戦日であるが、半年前、1年前、あるいは1年半前に戦争をやめていたらどれくらい戦死者が減ったのか伺いたい。

浅尾剛委員

8割である。

笠原弘委員

それは、どの時点で戦争をやめていれば8割なのか。

岩根承成委員(前橋市に平和資料館設立をめざす会)

前年の1944年(S19)7月にサイパン島が陥落している。その後に、米軍が飛行場を造っ た。そこから、日本列島までが2,500kmあり、往復で5,000キロメートルを給油しないで飛行できるのがB29である。サイパンに飛行場を造って、1944年(S19)11月以降、日本本土への空襲が始まるということになる。その段階でほぼ日本軍が制海制空権を失い、事実上敗れているような状況となる。そこから、起算して翌年の8月の敗戦までの約1年数カ月で亡くなった方を村史や遺族会の名簿で調査した結果、7割から8割の方がその間に戦死している。全国的にもそういう統計はないが、唯一岩手県だけが県単位で調査をしており、それもほぼ同じ数字となっている。その段階で区切りがついていれば、かなり救えた命は多かったのではないかという結論を出した。

2.あたご歴史資料館【説明者:原田恒弘委員】

別紙、資料2に基づき説明があった。

質疑応答
手島仁座長

資料館リーフレットの見どころにも掲載されているが、5番の資料館と地域の連携のところで、原田学芸員にも委員になってもらった歴史文化遺産活用委員会で、この防空壕については同委員会でお金を出して作らせていただいた経緯もあるため、そういうこともご紹介いただけるとありがたかったと思う。

原田恒弘委員

戦後70年の節目の年に、当時の歴史文化遺産活用委員会からご支援いただき、あたご歴史資料館の前に防空壕(模型)をつくっていただいた。防空壕とはどういうものなのか知らない市民が多い中、今でも現存して展示を行っている。前橋空襲を語る上で、防空壕の存在を伝えることはとても大切なことである。防空壕を設置していただいた市に対して感謝申し上げる。

3.ぐんまマチダ戦争と平和資料館【説明者:町田錦一郎委員】

別紙、資料3に基づき説明があった。

質疑応答

特になし

3団体からの報告に対する感想・意見交換
手島仁座長

それぞれの団体から報告をいただいたとおり、設立に至った動機は様々であるが、現在共に平和を憂い考えてご活動いただいていることに対し、改めて敬意を表する次第である。このような中で、3団体からの報告を聞いて意見交換や感想でも結構であるので、限られた時間内であるが挙手にて発言をお願いしたい。

平岡康弘委員(前橋聖マッテア教会 司祭)

前橋空襲一斉慰霊に携わっている。あたご歴史資料館の報告を聞いて、2004年(H16)に重苦しい雰囲気の中で、一人の男性が「俺たちは、空襲で犠牲になった市民をほったらかしにして、これからどうするのだ」と強い口調で語られたと資料に書かれている。この話を伺って、確かにそういう想いを持っている方が、今でもいらっしゃるのだと思った。空襲で亡くなった方をほったらかしにしているのではないかと、改めて感じる市民の皆様もいるのではないかと思っている。私を含めて、宗教界の力不足もあるのではと思う。それぞれの宗教の場で、それぞれのご家族とともに魂の平安を祈ってきた宗教施設もあるということが、周知されていないことも事実であると思っている。我々のように、前橋空襲一斉慰霊を実施してそれぞれの宗教の枠を超えて魂の平安を祈っていることを市民の皆様に伝えていければと思っている。

栗木昌信委員(長昌寺 住職)

平岡司祭からの発言のとおり、数年、前橋空襲一斉慰霊を実施している。その際、前橋学市民学芸員の方には、市民の方々に対して前橋空襲のお話しをいただいている。もちろん、前橋学市民学芸員は空襲体験者ではないため、説明する際の資料がないのが課題となっている。ヘ゜ーハ゜ーはあっても実物がないわけである。ぐんまマチダ戦争と平和資料館の資料3の裏面に、小林宣雄氏が書いた記事が掲載されているが、「証拠物は、評論家や政治家などの解説、弁明よりもはるかに雄弁に真実を語ってくれる」この言葉のとおりで、書いてある資料は、おのずとも説得力があり分かりやすいわけである。例えば資料館をどうこうというより、資料をクリアホルダーの中に綴って、それをテーマごとに掲げてもらえればいいのではないかと考える。本会の最終目的については、貴重な資料をどう活用させていただくかを考えることが非常に大切だと思う。

手島仁座長

あたご歴史資料館の実物資料は、原田委員から1件1件それぞれの想いが込められた資料という説明があったが、まさに実物から学ぶということは、私どものような戦争を知らない世代にとってとても重要なことであろうと思う。今回3団体からの活動報告で想いを伝えていただいたことで、委員相互の共通認識が図れたと思う。私も少し努力をして、資料検索をしたところ、昭和53年8月6日の上毛新聞にこのような記事が掲載されていた。前橋市で空爆犠牲者慰霊法要。一夜にして市街の8割を焼失し死者535人、負傷者約600人、被災者6万人を出した昭和20年8月5日の前橋空襲から33年。前橋市では2日、悲しみと苦しみのあの日を想い、午前10時から同市3丁目の妙安寺で前橋戦災被爆者遺族の会(九条成英会長)による空爆犠牲者慰霊法要がしめやかに行われた。同寺本堂には、父や母、夫、妻、そして我が子等、肉親を失った遺族たち約100人が参列。藤井精一前橋市長の弔文朗読に続き、前橋仏教会僧侶による読経の中を遺族たちが焼香、数珠を持ち、あるいは幼い孫と共に祭壇に向かって犠牲者の冥福と共に平和を祈念した。この後、遺族会代表が私たちのまちは戦後33年、こんなに立派になった。しかし、空爆犠牲者となった中には、いまだに身元も不明で無縁仏として誰も法要してくれない者もある。空襲の悲劇は終わっていないし、忘れてはならないと風化しようとしている戦争の悲惨さを訴えた。
一方、この日寄宿生の内から、焼夷弾の直撃を受け4人の死者を出した昭和町の明和高校でも殉難者33回忌法要が開かれ、遺族関係者21人をはじめ、生徒教職員約1,500人が若くして 難にあった4人の冥福を祈った。当時、明和高校は、国領町の現在の電電公社のところにあり、学校は学校工場に指定され生徒は裁縫の仕事をさせられていた。寄宿生も利根・吾妻郡から50人程いて、空襲が始まると同時に校庭の防空壕に全員が避難したが、この内3人が直撃弾で即死。壕も危険と近くの川に避難したものの1名が死亡した。明和高校では、8月5日を殉難の日とし夏休み中の全生徒の登校日に指定してきたが、これからもずっと続け先輩の冥福を祈っていくことにしているというような記事があった。
そうすると、前橋市でも昭和53年、いわゆる前橋空襲から33年法要というのをやっている。それぞれやってきているが、関係者がいなくなるとどうしてもそれが途切れてしまって継続的にならないということもある。明和高校でも、昨年前橋市に平和資料館設立を目指す会の報告会があった時に、明和高校では慰霊行事は全くやってないという報告を受けた。私はおかしいと思い調べてみたところ、このような形で8月5日は登校日に指定し学校全体で慰霊行事をやっていたことが分かった。それが、いつの頃からかやらなくなってしまって、全く関係者の記録に残っていないわけである。こういったところに、大きな問題があるのだろうと改めて思った次第である。当時としては、記事も囲みでとても小さい記事であった。その当時の方々の認識も含めて、本検討会で認識を新たにして、いよいよ戦争体験者がいなくなってしまう中で、どうやって前橋空襲等戦争を伝えていくかということは、大きな課題だと思う。3団体からこれまでの活動報告を受けそのようなに感じた。また、3名の方からの質疑にもあったが、皆同じ思いであることも分かった。このような報告会ができたことをありがたく思う。

(2)その他

三重県四日市市で上映した映画「陸軍前橋飛行場」のアンケート結果について
手島仁座長

参考資料を配布させていただきたい。昨年陸軍前橋飛行場の映画が制作され前橋市出身の飯塚俊男監督が2019年(R1)10月26日に三重県四日市市でこの映画の上映会を行った。この資料は、上映会に参加した四日市市の方々へのアンケート結果が集約されており、本市で役立ててもらえればということで11月10日に飯塚監督からメールを送付していただいたものである。せっかくのご厚意であったため、この場で委員の皆様に資料を配布させていただき、お読みいただき議論に役立ててもらいたいと思う。
特に3ページを見てもらうと、戦争を忘れがち、また知らない人が多くなっている時。しっかりと残さなくてはなりません。四日市も6月18日に空襲があったことを知る人も少なくなっているということである。沖縄だけでなく、国の真ん中にあたる前橋でこんなに悲惨な戦争被害があったことに驚きました。というような意見もある。当時子どもだった方々が70年以上たった今でも鮮明に記憶されておられることに戦争の傷跡の深さやむごさを思いました。このように、前橋空襲を画像で語っている80代の方々に対して感想が寄せられている。先ほど岩根委員が言ったように、日本が制空権を失い50を超える地方都市に爆弾を落とされた。それらの地方都市で空襲を語ることは、全国的な共通の課題でもある。
飯塚監督からの資料を読んで、前橋から日本、あるいは世界の共通した課題として取り組んでいけるのではないかと改めて感じた。皆様にも読んでいただき、次回以降の議論の参考にしてもらいたいと思う。

前橋学市民学芸員による「あたご歴史資料館の資料整理」について
事務局

あたご歴史資料館が3月末に閉館となる。閉館後の資料整理にあたり、あたご歴史資料館の原田学芸員から、前橋学市民学芸員に対し協力依頼があった。文化国際課において協議した結果、同学芸員は、過去に「上毛愛隣社」や「羽鳥重郎・羽鳥又男」、また「上川淵地区郷土民族資料館」の資料整理を行った実績があることから、資料整理への協力を行うことになった。
ついては、3月25日(水曜日)、13時30分から、あたご歴史資料館において、資料整理を希望する同学芸員に対し伝達会を開催するのでご承知おき願いたい。

平和関係資料の展示方法等について
鈴木正知委員(前橋市地域づくり連絡会会長)

第1回会議の後、何人かにヒアリンク゛をした。地域づくり連絡会の中にも本検討会のテーマに興味を持っている方が存在した。今後、本検討会が続いていくのであれば、傍聴してみたいという方が何人かいた。それとは別に、前回の会議で説明のあった平和資料の展示の在り方について自分なりに考えてみた。本検討会のテーマについては、過去の展示物の活用策、また前橋空襲の教育方法、さらにこれらを未来にどう引き継いでいくかという3つのテーマがあると理解した。このテーマについて、若い方に意見を聞いたところ、昔のことを年配の方たちから聞くことは、過去のことを知るという意味では大事なことであるが、それをイコールで未来につなぐというところにスイッチが入らないということであった。どうやってスイッチを入れるのかを聞いたところ、現在も戦争で悩んでいる同世代の方たちが海外にはたくさんいて、そのような状況下で本市に来ている留学生がいると思う。留学生の地元では戦争により地雷が埋められていて、今でも地元には帰れない状況であるとか、そういう話を同世代の留学生から聞くことによって、日本でも昔、戦争がったというところにスイッチが入るということであった。このように切り口を少し変えるような展示の方法や建物にし、ワークショッフ゜に学生たちが参加しやすい仕組みを整えていくことが、イコール世界平和という観点につながると考えている。

他市での取り組み状況
平岡康弘委員

3団体からの活動報告では、前橋市民一人一人の想いをそれぞれの団体が形にし、継続した活動を行っていることを学んだ。これを如何にして資料の収集展示だけでなく、これまでの活動に対する想いをどう引き継いでいくのかが大切だと思った。第3回会議では、市での取り組み内容の報告をいただけるとのことである。自分の頭の中で整理しておきたいことがある。先ほど、手島座長も発言していたように、決して市はこれまで何も活動してこなかったわけではなく、私が知らないだけなのだと思う。国や県が実施している活動は少し分かっているが、現在の前橋市での活動については、予算規模や人員、そういうものが、ある程度見えてこない限り夢は語れても形にはならないと考えている。まず、前橋市では、これまで前橋空襲を語り継ぐ行事をどのように援助し主催してきたのか、その回数や予算を教えてもらいたい。また、群馬県も同様な援助や主催行事をしてきていると思うが、その回数や予算規模を教えてもらいたい。さらに、前橋市と同規模の50程度ある市町村の取り組み事例の情報をいただいて、前橋市ではどうするのかという議論を進めていければと思う。以上は希望である。

手島仁座長

そうすれば、次回の会議で市の関係各課から報告があるが、平岡委員が発言した内容を意識して、出来る範囲で結構であるので盛り込んでいただくことを要望し、進行を事務局に戻したい。

4 事務連絡

(1)第3回会議の開催について

時 期 令和2年4月下旬

会 場 前橋市役所

内 容 各団体のこれまでの活動内容の紹介と共有

         1.生活課

         2.教育委員会

         3.文化国際課など

5 閉 会

 

配布資料

関連

この記事に関する
お問い合わせ先

文化スポーツ観光部 文化国際課 文化振興係

電話:027-898-6992 ファクス:027-224-1188
〒371-8601 群馬県前橋市大手町二丁目12番1号
お問い合わせはこちらから

更新日:2020年03月25日