第1回前橋市歴史的風致維持向上協議会

審議会名

歴史的風致維持向上協議会

会議名

第1回前橋市歴史的風致維持向上協議会

日時

令和2年11月4日(水曜日)10時00分~11時40分

場所

前橋市本庁舎3階31会議室

出席者

委員

手島会長、戸所副会長、村田副会長、大塚委員、西尾委員、橋本委員、星委員、野中委員、川端委員、笠間委員、高橋委員

オブザーバー

恩田係長(高崎河川国道事務所計画課)、青木室長(群馬県都市計画課まちづくり室)、小嶋主事(群馬県文化財保護課)、須賀課長補佐(前橋商工会議所政策部政策課)

事務局(都市計画課)

金井参事(兼)都市計画課長、高瀬課長補佐、原澤副主幹、橋本主任

歴史まちづくり推進委員会委員・WGメンバー

田中課長、大友副参事、大島主任(以上、文化国際課)、田中参事、上野副参事(以上、文化財保護課)

欠席者

後藤委員

議題

1 会長と副会長の選任について

2 前橋市の歴史まちづくりについて

3 三省協議に向けて

配布資料

会議の内容

1 開会

2 市長あいさつ

3 事務連絡

スケジュール、開催要綱、委員紹介等

4 議事

(1) 会長と副会長の選任について

事務局案として、会長を手島委員、副会長を戸所委員及び村田委員とする提案があり、異議なく承認された。

(2) 前橋市の歴史まちづくりについて

事務局より、資料に基づき説明があった。

(2)に係る質疑応答

(川端委員)

説明の中で、1期目の重点区域が前橋駅から前橋公園との説明があったが、ここで事業を進めていくことになると、全体のスケジュール感の中で、時間もかかるし、かなりボリュームが大きい。

第2期に総社地区とあるが、事業を進めるとなると、総社の方が、動きが取りやすいのではないか。

(事務局)

重点区域を最初から2地区とするか、2期に分けるかは、本協議会での委員の皆さまのご意見を参考にしたい。

事業ボリュームについては、まだ何を実施するかは決まっていないため、その点も考慮して、よりふさわしい方で定めていきたい。

(手島会長)

方向性が示されてからではあるが、例えば、総社については世界かんがい施設遺産に向けて動きがある。それぞれの地区でゴールに向けて動いていただくことで、ハードの内容もクリアになり、いざ実施するときには効率的にできるのではないか。

(川端委員)

今、かなり進んできており、歴まちと連携する形になれば、いい意味で普及できると感じる。

(手島会長)

確かに、市民の方にも、このような動きが示され、それぞれの部署で同じ方向を向いていければ、いざ事業を実施するときに非常に効率的にできるのではと思う。

(村田副会長)

県内の歴史まちづくりを見たときに、一番歴史があるのが甘楽町で、当初から関わっている。また、桐生市が計画を策定し、動き出している。前橋市で策定すれば、県下では3番目ということになる。

県内の2市町では、新たに復元ということは行っていない。すべて存在するものに対する整備がメインになっている。

今回の、前橋での総社か、県庁付近かと考えた際、県庁付近の場合、建築物の(復原ではなく)復元になると思うが(注釈)、全国的に見て、新たなものを復元した事例はどのくらいあるのか。

復元事業がメインでよいかどうか、という点が、重点区域を定める上でも、一つのポイントとなってくると思われる。その点の事務局の見解を伺いたい。

(注釈・復元と復原について)

復元は、失われた建物を当時のように再現すること。一方、復原は現存しており、形が変わっていたものを当時の姿に戻すこと、あるいは、旧部材や文献等が残っており、根拠が確かな場合を言う。

(事務局)

街なかで行う場合、復原で行えるものはかなり限られてくる。復元で実施する場合は、〇〇風の公民館などの歴史まちづくり的な公共施設の整備という考えもあると思うので、その点についてもご意見をいただきながら検討したい。

(手島会長)

国の方針で、最近は、復原も復元も同様に扱ってもらえると聞いている。

(村田副会長)

全国83か所の認定都市の中で、どの程度復元として実施しているのか、また、協議の中には文科省も入っている状況なので、復元が認められるかは不確かである。世界遺産の協議の中でも、写真や図面が残っていても、復元は認めてもらえないケースもある。

甘楽町も楽山園の時に、一番復元したかった御殿も、図面があっても、写真がないという理由で、認められなかった。

また、観光施設としての整備とか、外観だけの整備とか、そのような場合についても、どこまで認められるのかはっきりしていない点もある。

次回までで構わないので、認定都市の中で、どのくらい復元としての事業を実施しており、どの程度の補助金をもらっているのかの調査は必要なのではないか。それによって、計画の策定の流れが大きく変わってくると思う。

(手島会長)

今、ご指摘があった点について、次回までに国交省に確認することとしたい。なお、直近では、水戸市が、壊れた大手門を写真から復元し、13億円の補助金をいただいたという事例がある。

(戸所副会長)

重点区域を1地区にするか2地区にするかという点であるが、資料P19の歴史的風致3.(赤城神社関連)、4.(清里~粕川)、5.(大胡・上泉)については、位置的に比較的離れている。

他方で1.(街なか)と2.(元総社・総社)については、総社も元々城下町であり市街地であった。また、旧市街地のみで考えると、利根川というのが忘れ去られてしまう。街というのは水のある所にできるのであり、渡しや鉄道の経緯などを考えると利根川の意味は大きい。この1.と2.の地区は、利根川をはさんで一体化して考えた方がいいと思う。

重点区域の中で実際の事業は限られたものしかできないとは思うが、一体として考えるか、第1期、第2期として分けて考えるのとでは、後々差が出てくると思うので、もう少し検討した方がいいと思う。

また、気になった点として、蚕糸記念館についての移築がある。

地理学的には、地域というものを見る際に、歴史と空間の両面を見る必要があり、最初にできたところに意味があるわけであって、ただ集めればよいというわけではない。重点区域の話にもあてはまるが、仮に離れていても、それぞれの地区を作り上げ、ネットワークしていくことで全体がよくなる。その際は、情報や交通を考える必要がある。

今回の歴史まちづくりについても、現代の市民が利便性、魅力が高まったと感じる必要があり、そうでないと次の世代に継承していけない。

歴史まちづくりを通じて、例えば交通体系を変えることも含め、街が一体となって、全体としてパワーアップしていくのではないかと思う。

今回の議論とは直接かかわらないとは思うが、前橋駅近くの上毛倉庫などは、未指定と思われるが、意味があると思う。将来に向かって意味が出てくるもの、保存しなければならないものを常に念頭に置きながら、まち全体の歴史まちづくりの将来像を明確にしていく必要がある。

今回は、手島先生が中心となって積み上げてきたものが集大成として将来像となるものと思うが、そことうまく整合性を持たせ、重点区域を指定するなど、戦略性と戦術性をうまく組み合わせて進めていかないと、予算が付いたものだけ実施して、まち全体としては何をやっているかわからない、ということになってしまう。

(手島会長)

今、戸所先生からあった戦略性と戦術性という点については、今後事務局からも案が出ると思うが、この点についてご助言をいただきたい。

(星委員)

資料P5にあるような、歴史的資源が点在するというのが一つ前橋の核になるとすれば、大きな重点区域1つではなく、文化財がいくつかあるとすれば、それが存在する小さな地区であったとしても、その集積が前橋を特徴づけるといえる。そのように位置付けていけば、減少傾向というものも止められるのではないか。

説明にあったように、前橋公園までの集中できるところ、つまり人が来やすいところという理由だけで事業が成り立って、それがよいのだ、という形で最初から第1期、第2期として決めるのは、私は正しくないと思う。

また、P13の基本方針の3つめの中に「学術的な裏付けを担保しながら」という記述がある。「ふくげん」の時に復「元」と書く場合は、学術的な裏付けは希薄になる。そうすると、何でもあり、ということになってしまい、テーマパークになりかねない。私は、それは前橋の採用する方向ではないと思う。

前橋は、「前橋らしい」ということは何かをちゃんとみつめるべきで、他のまちはこうだとか、先行しているところはどうだ、とかではなく、前橋はこういう風に成功させるんだということを、最初からしっかり目的として認識していかなければならない。歴まち法に該当しない、と言われたところはきちんと見つめ直すべきだと思う。

(橋本委員)

私は、昨年策定されたまちづくりのビジョンであるアーバンデザインを推進する組織の事務局をやっている。前橋市も新しい取り組みもやりつつ、こうした歴史的風致も大事にする、ということは、とても大切なことだと思う。

歴史的風致を維持向上していくにあたって、先生方からご意見があったとおり、他にあったところから持ってきて、1か所に集めることはテーマパークのようになってしまい、あまり歴史的といえるかという疑問はある。

とはいえ、どこかに選択と集中をしなければいけないといった場合、人が集まりやすい場所というのは要素として大切だと思う。公共交通の利便性があまり高くないと言われる前橋市では、郊外の歴史的な箇所を回るのは現実的に大変なことである。

そういった場合、どこに集中させるかと考えると、駅から前橋公園はエリアとしての設定は合っていると思うが、残念ながら中心市街地には、歴史的な建物は臨江閣以外ない。

そのため、「そこに元々あったもの」があるはずで、そこに何があったか、また、もともとあったものを再建する、といった方が市民の理解が深まるのではないかと思う。街なかにも、「元々あったもの」があるはずである。

絹産業で繁栄、復興した歴史が根底にある前橋市であるが、まちを歩いていて今ではその感触はどこにも感じられない。ハード整備や復元が目立つ事務局の説明であったが、そういった薄まっている人の営みの面から、コミュニティや活動を創り、醸成していくということも大切なのではないか。

(手島会長)

移築に関してご意見をいただいたが、第1期、第2期の歴史文化遺産活用委員会での提言は、すでに元あった場所にない、例えば蚕糸記念館は今の群馬大学医学部の隣にあったが、本棟のみを敷島公園に移築しているわけである。朔太郎の書斎についても、二転三転して、文化的な面で向上が図られるとして敷島公園に移転している。その後、さらなる活性化という面で、文学館の近くに移転しているわけである。

元の場所にあるものというものは、移築の提言はしていない。歴史文化遺産活用委員会に関わった者として申し上げておかなければならないが、「移築」は使い分けをしているという点をご承知おき願いたい。

(戸所副会長)

P17の蚕糸記念館の移築についてであるが、移転して30年~40年は経過している。地理学の観点からは、地域に一定期間鎮座していると、その認知力が出てくる。

バラ園の中の蚕糸記念館は、市民は敷島では一体としてみている。それを街なかに移築となった際に、果たしてよいのかというのは感じる。まだ現在の場所は、郊外ではあるが、群大に近く、すでに歴史を刻んできている。

蚕糸記念館だけではないが、何かを移築する際には、将来まで考えていかないと、いけないのではないか、ということの裏返しでもある。

蚕糸記念館がどのくらい使われているかはわからないが、県外の人をバラ園や敷島公園を案内する際に、蚕糸記念館は一つの目玉になる。それぞれの地域のネットワークを結ぶ際の目玉として地位を確立している。

そのため、これを活かすという方がいいのではないか。また、そのことが、総社の蚕糸試験場や養蚕住宅などにも結び付いていくものだと、個人的には感じる。同時に、一定の歴史的慣性と地理的慣性が動いてきているということも考慮いただきたい。

(村田副会長)

先ほど戸所先生からもお話があったが、総社は古墳も素晴らしいが、養蚕の建物群が残っている。臨江閣が国指定になったのも、絹産業の産物であるからである。

また、塩原蚕種について調べている中で分かったことであるが、前橋市内の製糸会社については、その後、ほとんど撚糸会社に変わっている。現在、文化財保護課で確認している撚糸会社4社も、以前は製糸会社であったものである。

何が言いたいかというと、歴史的資源と言っているものについては、市内ではほとんど調査されていない実態があるということである。

歴史まちづくりを現状のままやるのか、それとも、例えば、先ほどの撚糸工場を含めて考えるのでは、事業規模にかなり違いが出る。そういう意味では、総社までも一体として、生糸のまちというのも、流れとしては一つの考え方である。

また、「関東の華」の流れとして、龍海院を含めたとしても、龍海院は、市では建築の調査をしていない。八幡宮や、話題となっている東照宮も建築調査がされていない。

その中で、現状のまま歴史まちづくりをやっていくのか、それとも、この2年の中で文化財保護課と連携を取りながら、調査を進めてやるのでは全然違ってくる。

県下(旧70町村)でも悉皆調査を行っているのはわずか10町村、市では藤岡市、伊勢崎市、渋川市のみであり、実体像が把握できていないのが現状である。

その中での委員就任は、私もジレンマを感じているところであり、この2年でどこまで提言ができるのかとても心配である。

このような中で、歴史的資源を一番把握している文化財保護課とどこまで連携ができるかが重要になってくる。

この会議の中でもそうであるが、基礎資料となる歴史的資源がどこまで提供できるか、どのような考え方ができるかが今後のキーポイントである。

役所は縦割りであり、他の課が何をしようとしているのか把握しづらいところであると思うが、文化財保護課が歴史的資源をどのように活用しようとしているのか、その考えも聞いてみたい。

現在、文化財保存活用地域計画を市町村で策定できるが、県内では館林市や玉村町が補助金をもらってやっていこうとしている。それは、未指定の文化財をどれだけ発掘できるか、残せるかということにかかっており、文化庁もその点を危惧しているということである。

前橋は、その地域計画策定ではなく歴史まちづくりをしようということである。

例えば、重点区域にしようとしている地域でも調査がされていない。重点区域になったらなったで、その中で調査をすればいいというのも一つの考え方であろうが、そこを並行して進めると、歴史まちづくりにも重みが出てくる。

要するに、調査ができていないという実態があるのと、庁内の内部でも文化財保護課とよく連携を取っていただきたい、ということである。

(手島会長)

これまでいただいた意見を基に、文案に反映していければと考えている。また、確認すべき点については、次回、事務局にお答えいただきたい。

(3) 三省協議に向けて

事務局より、資料に基づき説明があった。

(3)に係る質疑応答

(戸所副会長)

基本的にはいいのかなと思う。

ただ、地理学的な観点からは、このような歴史的風致が登場してくる自然環境をバックグラウンドとして押さえておくと、国との交渉の時にも生きてくるのではないか。

つまり、赤城があって、榛名があって、火山としての裾野があり、その間を利根川が縫ってきている。前橋はそこにできた市街地であるが、関東平野のつい立てのようになっているため、譜代筆頭のような人を配置したり、あるいは、日本海から江戸を結ぶ要衝であるという特徴を持つ。

直接的ではないが、そのような点も押さえておくと何かの時に役立つ。

また、P4にかしぐねの記述があるが、そこに養蚕農家が集積した集落も付け加えることが必要ではないか。

さらに、天狗岩用水については、オンリーワンではないとは思うが、発電所ができたのは、全国で5番目であると認識している。これは県内ではナンバーワンで、経済力とも関連し、生糸との関連もあると思う。

以上のような間接的なバックグラウンドや風土、地理的条件なども考慮して、国との協議にあたるとよいと思う。

さらに、前橋の特徴は、緑が多いということである。現在は多少落ち込み、剪定もかなり進んでしまっているが、それでも、国道17号では前橋はイチョウが立ち並んでいるが、高崎に入ると木はなくなる。こういったことは、県外の人が見たときに、前橋は品が高く、文化的であるというバックボーンがある。

(手島会長)

今のご指摘はぜひ生かしていきたい。

(村田副会長)

P4の本庁管内の部分では、現存する旧の製糸工場があるので、所在が分かっている以上、その点も挙げておくべきではないか。これは広瀬川とも関連しており、水車も使っている。今のデザインに風情が感じられるのは、昔存在していたから感じられるのである。これから調査するにしても、これらを入れていけば、幅が広がると思う。

また、P5の一覧では、平和町一丁目の雷電神社の山車が挙げられているが、前橋では最も古いものである。実は山車の系統を見ていくと、利根川という大きな流れとも関連する。例えば伊勢崎市の波志江、尾島町の山車なども元になるのが雷電神社の山車のため、重要有形民俗文化財に指定している。絵巻の中の原型で、価値を持っているので、そういったことも組み込んでもよいのではないか。

(手島会長)

ご提案いただいた、唯一残る製糸工場、また、山車の原型については、計画書に反映していくよう検討をお願いしたい。

(野中委員)

前橋市として、県庁の周りはさみしい、という意見は多い。10年以上前であるが、県庁の周りを官庁街にしたいという話もあったし、少し前は路面電車の構想もあった。また、前橋城の再建という話もあった。

そういったことを、県庁周辺で実施できればありがたいと思う。また、車橋門を復活したいという話も進んでいるようであるが、今ひとつのようである。県庁周辺をよくしていかないと、前橋市そのものがよくならないという意見も聞いている。

(村田副会長)

今の提案については、私も賛成であるが、生糸のまちの展開から、都市の近代化という視点もある。

臨江閣ができたときに前橋市内に電気が行き渡り、チンチン電車が渋川に動き出したのも明治43年である。

その中で前橋の中で特筆しないといけないのは、敷島の浄水場である。皆さんはタンクだけに目が行ってしまうが、実は、貯水池といわれている場所はすごいレンガ積みになっており、十分、国の重文に匹敵する。

また、P5の資料にもあるが、住吉町一丁目に橋林寺という寺院がある。組み立てブロックで建てられており、中村鎮が発案した鎮ブロックである。防災の面を重視した構造であるが、文化財として指定等がされていないのが不思議なくらいである。

この中村鎮と敷島浄水場の水道資料館を設計した野田俊彦で、当時、俊鎮論争(建築はデザインか構造か)を繰り広げていた。この2人が設計した建物が前橋市内に残っているのである。

ここはひとつ、生糸のまちのみで終わらずに、そういった材料もうまく使いながら、近代化の視点をとらえれば、重層的になるのではないか。ご検討いただきたい。

(手島会長)

その点についても盛り込めるように、検討させていただきたい。

(大塚委員)

P7の製糸都市という流れの中で、農業を囲んでくる相続対策、新しい街並みができることによって古いものが消えていく。皆さん方の理想がある中で、相続でどうにもならなくなり、資源が手放されていく。やはりそういう点もしっかり押さえて対応していくべきであると思う。

山王地区の農家でも、相続がうまくいかず、手放されていくものもあるし、隣の国府でも素晴らしい建築物があったが、今では写真しか残っていない。私は残せたのではないかと思う。

私は、日本絹の里へ3年勤めており、養蚕に興味があるが、本日先生方の話を聞いて、ありがたい、これが残せたら素晴らしい前橋の歴史が残ると感じている。

(手島会長)

今後、事務局が三省協議に向けて資料作成を行うと思うが、先ほどのご指摘を受けて、細かい点については、事務局と私に一任いただきたい。

三省協議を受けた後、計画書案が文章化して示されるので、それを次回の協議会にて提示し、先生方のご指摘をいただき、さらによりよいものにしていく形を取りたいと思う。

5 その他

(1) 地図展について

(戸所副会長)

10月21日から10月28日まで県庁で行われた地図展2020についての報告、資料説明等

(2) 東照宮について

(星委員)

本日の資料にも掲載されている東照宮を取り壊すことについて、我々は新聞報道でしかわからないが、市にお聞きしたい。

ここに掲載されているということは、歴史的資源として認められているということであり、協議会などに諮られて、不必要と判断されてから壊すのであればよいのであろうが、その点について、議論がすすめられるべきではないのか。

(手島会長)

東照宮の拝殿の撤去の問題については、皆様もご存じかと思うが、少し時間があるので意見をうかがいたい。

(戸所副会長)

私も新聞で知って驚いた。あの種のものは神社の団体の所有であろうが、税制優遇等もある以上、公的なものであろう。

先ほども申し上げたが、いったんそこの場所に鎮座すると、それなりに歴史を重ね、一定の空間に影響を及ぼす地理的慣性と、時間的な歴史的慣性が発生する。

そのため、元が変わると性格も変わってきてしまう。このような協議を2年やっているうちに、建物もコロコロ消えてしまう、そこを何らかの形で押さえられるのか。可能な限りそういったことも必要なのではないかと思う。

併せて県民会館の話も突然出てきた。今後、市との協議でどのようになるか不明であるが、市有になったとしても、県という広がりがあったからこそ、そのような団体を受け入れできたのではないのか。「県」民会館としてでないと、歴史的な景観にならないと思う。そのような話が急にでてきて、心を痛めることの連続である。

(手島会長)

歴史まちづくり法からは、今回の東照宮の問題は、世代交代や災害での破損でもないため、その趣旨に反していると思うが。

(村田副会長)

長年、歴史的建造物の保存等に関わった立場からであるが、実は最近ある都市では、文化財指定を返上したいと申し出るケースがあった、建物はすでになくなっている。

私共が提案したのは、県指定でもできるのではないか、そのために数年待てないか、ということであった。

つまり、市指定で補助金は200万円程度、県指定はもう少し出るが10年以上かかるケースもある。国指定では7割程度(5~8.5割)の補助金が出て、所有者負担は1割程度になる。

ただ、島村でも瓦を取り替えるだけで2,000万円かかり、これについての補助金は一切ない。

ほかの神社でもそうであるが、今まで見向きもしないで市が指定させてほしいと言っても、基礎調査もされていない。要するに、歴史的な建造物についてはそういうレベルなのである。大塚委員がおっしゃったように、持ち主は相続等同じ問題を抱えている。

東照宮についても、基礎調査すらされておらず、位置関係や築年数も把握されていない。私も東照宮は残してほしいと思う。市が手を打てるのであれば、今からでも市の指定にしてもらいたい。記録に残すということは何も意味がない。

宗教施設をどのように残すかについては、所有者だけの問題ではなくなっている。本来であれば、計画に位置付けられればベターであるが、宮司さんのお考えもあるし、なにより具体的な裏付けがされていないことも認識されるべきである。

沼田市の建築物調査では、寺は80件、神社は100件ある。その中で、実際江戸時代に遡るものは105棟ある。県の総合実態調査でも行き渡らないのが実際である。全部残すのは不可能ではあるが、そのことに正面から向き合って、価値のあるものは残していきましょうという流れができないかという提案も含め、県の実態調査をスタートした。

以上のような現状であることも、知っていただきたい。

(野中委員)

私は東照宮の総代会の会長を務めているが、宮司から話があり、工事は、新年度の年始後に解体するとのことである。先日、岡野氏と県の方が何とかならないか、本体保存をできないかとの要望があった。保存する場所は、赤城神社の跡地ということであった。

ただ、宮司は現在使用している彫刻や床板も新しい建物に使うとのことである。

(手島会長)

この問題については、この場では以上としたい。

(3) 事務連絡

配布資料、書類提出等について

6 閉会

この記事に関する
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電話:027-898-6943 ファクス:027-221-2361
〒371-8601 群馬県前橋市大手町二丁目12番1号
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更新日:2020年12月08日