第1回前橋市歴史まちづくり協議会

審議会名

歴史まちづくり協議会

会議名

第1回前橋市歴史まちづくり協議会

日時

令和5年5月31日(水曜日)9時30分~10時40分

場所

前橋市議会庁舎3階301会議室

出席者

委員

手島会長、戸所副会長、村田副会長、石井委員、川端委員、日下田委員、阿佐美委員、飯塚委員

事務局(都市計画課)

宇田都市計画課長、高瀬課長補佐、原澤副主幹、齋藤主任、横山技師

歴史まちづくり推進委員会委員・WGメンバー

大友副参事(以上、文化国際課)神宮課長、信澤副参事(以上、文化財保護課)

欠席者

片貝委員

議題

1 会長と副会長の選任について

2 今後の事業予定と専門部会の開催等について

3 歴まちカードのデザインについて

配布資料

(「議題3」関連)歴まちカードデザイン案(諸般の事情により非公開)

会議の内容

1 開会

2 議事

(1) 会長と副会長の選任について

(飯塚仮座長)

事務局案として、会長を手島委員、副会長を戸所委員及び村田委員とする提案があり、異議なく承認された。

(2) 今後の事業予定と専門部会の開催等について

事務局より、資料に基づき説明があった。

(2)に係る質疑応答

(手島会長)

今の事務局からの説明の中で、総社山王地区については、村田先生が着手をされているとのことなので、お話をお聞かせ願いたい。

(村田副会長)

まず、養蚕農家群を面的に保全するという事業であるが、先日、前橋工科大学元学長の星和彦先生と二人で現地を見させていただいた。そこで感じた点と、今後の課題について一言述べさせていただく。

歴史的風致ということを養蚕農家という点で捉えようとすると、今回は母屋のみ対象としている。ただ、養蚕農家建築は母屋だけではなく、附属建物や独立蚕室も重要となってくる。長屋門が蚕室であることもあり、今回の5例の中でもそういった事例があった。また、単独での蚕室もあるほか、共同飼育所というのもある。もしこの共同飼育所が残り、50年経過していれば、すごい意味を持ってくる。ある意味養蚕の歴史を語るときに、共同飼育所なくしては語れないとも言える。

また、外構についても、今回見させていただいた中では、樫ぐねだけではなく、ブロックがあったり石があったり諸々存在する。

附属建物についても、蚕室だけではなく他にもなければ農家は運営できないが、母屋はすごく立派で、オリジナルでよいが、他の附属建物が鉄骨造で赤い屋根のトタンというのも出てくる。そこで母屋だけを改修してみても、あまり修景にはつながらないと感じる。

今回は、内部は改修せず、外形的なものを修景するのが目的であるが、その場合でも、道路から見える範囲、つまり登録有形文化財で言うと、「望見できる範囲」ということであるが、その範囲についても決めておく必要がある。

対象建築物は、市が調査を行った中の数棟を補助の対象とするわけであるが、実は、沼田市で私が担当した調査では、民家だけでも174軒見ている。市役所の職員と回って、飛び込みで聞き取りを行ったわけであるが、その中の27軒を選んで平面図まで取るという調査を行った。一般的な民家調査はそういったレベルであり、悉皆調査という言い方をする。

文化財保存活用地域計画においても悉皆調査を行うが、私が心配しているのは、総社山王地区で把握している養蚕農家が何に基づいているか、すべて見ているのか、という点である。また、時代的なもので、江戸、明治初期・中期・後期、昭和の戦前・戦後があるが、そういったレベルまで検討をして選んでいるのか。

今回根拠となっている市の調査票は、配置と年代は記載されているが、その根拠が全くないものもあった。よく養蚕農家には、天窓と言って屋根に櫓が載っているが、この櫓は、明治の初年の段階ではないものである。ほとんど高山社が言い出して付けたものなのである。また、大正の中期から後期では、新築では逆に櫓は付けていない。そういったことを念頭に調査を行う必要がある。また、修復過程についても特に調査されていないようだ。

その意味で、今回対象となっていない民家についても対象とすべき場合があるため、現在対象としている物件については進めて構わないが、なるべく早急に文化財保存活用地域計画策定事業、未指定建造物調査計画の事業について、特に総社山王地区を進めていくのであれば、前倒しで進めていく必要がある、といった課題があると感じた。

ただ、私が見た感想では、県下で境島村の新地地区と見劣りしない、すばらしい内容、規模であるので、伝建群とは言わないまでも、そこを目指して動いていってもよいのではないかと思う。その意味で、修復して価値が下がっても困るので、この地区はどのような方向性が好ましいか、いかにして所有者や住民に向けて理解してもらうかを検討していく必要があると感じた。

(戸所副会長)

初年度については、重点区域の事業で、村田先生がお話されたような養蚕農家をどうするかが中心になってくると思う。

他方で、全体を見ると、まちづくりをどうしていくかということがある。市民が良い生活をし、市が発展し、維持向上していくためには、きれいにしたものを上手く使ってもらえることが大切だ。

一つはこれからの情報化社会の中で色々な交流をする際に、他地域からアクセスしやすくするということがあると思う。その点、総社地区や前橋全体を考えても、交通の問題がベースになる。昨日も東京で会議があったが、前橋地域に非常にアクセスしにくくなっている。地元の人たちは車で移動しているが、鉄道となった時に東京方面から高崎までは行きやすいが、そこからが非常に不便である。群馬総社駅の場合も西口ができて吉岡の人たちは便利になるが、総社の人たちにはメインの入口が西口になり、周辺の整備も元々の東口の方はあまり手をつけられない。まるで吉岡町にできた巨大なショッピングセンターにメリットを与えているようで、総社地区が荒らされているような感じがする。

同時に、新前橋駅の「みどりの窓口」もなくなり、本数も減った。湘南新宿ラインは高崎が終点で、乗り換えて両毛線に乗らなければならないなど、ダイヤ改正と言われても、前橋にアクセスしにくくしているものである。

そういった交通のベースが無いと、一生懸命他の施策に取り組んでもなかなかまちの活性化にならない。個別の事業はしっかりやらないといけないが、それと常に連携して、全体として前橋にどう活力を持たせていくかという視点は常に持っておかないといけないと思う。ほかの地域でも、いくらきれいに、あるいは文化財的な街並みにしても、アクセスが悪い、広報の仕方が悪いなどで人が来ない、お金がついている時だけはきれいになり、整備が終わるとダメになるということが結構あるので、そうならないよう、これをきっかけに前橋が輝いてくるように、常に総合的に見ていきながら、この協議会の目的に向けて推進していきたいし、いってほしい。この点は、本来の議論から外れるかもしれないが、そこがないと最終的に虚しくなる、ということが起こってくるので、申し上げさせていただいた。

(飯塚委員)

交通アクセスの問題ということでお話があったが、まさにその通りだと思う。先日も公共交通の再生協議会があり、各公共交通の事業者等が集まり、議論したが、やはりまちづくりと交通は切っても切れない関係で、重要視されている。

現在も色々な取り組みを行っているが、住民に対しての施策が多いということを感じた。これから歴史まちづくりで観光都市にもなっていくところで、外からのアクセスを考えたとき、鉄道などで来て、歩いてもらうとなると、車ではなくやはり公共交通が重要だと思う。そこで、鉄道をはじめバスや自転車などの交通手段が出てくるが、鉄道駅からのアクセスの際に、ストレスなく行きたいところにどう行ってもらうかというという視点からの協議は必要だと思う。今後、前橋が観光的な要素が強まってくる中で、名所へのアクセスは重要な問題だと思うので、そういった視点からも協議ができればと思う。

(戸所副会長)

鉄道やバスとの連携も含めて、歩きやすいまちにしていただきたいと思う。

もう一つは、天狗岩用水周辺環境向上事業があるが、今年も利根川沿いから天狗岩用水まで7キロメートル程ウォーキングをしているが、天狗岩用水は地元の方が中心となって、草刈りをしている。そのゴミが、遊歩道のところに長い間溜まっていることがある。昨年は、50日くらいほったらかしになっていた。だいぶ枯れた頃に、きれいになっていることがある。それを見た時に、地元のそういった活動と、市の片付けが上手く連携していかないと、不信感が募ってしまう。また、切ったものをそのまま置いて通りにくくなっていると、天狗岩用水を散策する人ががっかりすると思う。せっかく整備されてもそういうことがあるので、現状の美化も含め、環境向上について連携していく形を取ってほしい。

(手島会長)

天狗岩用水は地元の方が大根の花を植えており、自治会の方と連携しながら進めている。地元の人たちや市が協力をして進めているものである。北の方に行くと、大根の花がきれいに咲いているのがご確認いただけると思う。ただ、せっかく芽が出る頃に県の土木事務所が除草をしてしまい、その辺の調整が上手くいかないようだが、そういう動きも進んでいるようだ。

(戸所副会長)

草刈りのごみを速やかに片付けるなど、その辺が連携をされていると文化財も生きてくる。世界かんがい施設遺産の旗が立っているところで、そういった状況では、市外から来た人はがっかりするなど、逆な効果を持つことがある。そういう面を含めてポイントをきっちりするとともに、それが上手く景観的にも繋がっていく、都市計画的にも利便性を高めるという形に持っていけるようにすべきだ。ひと言で言えば、全庁的な横の連携も取りながら進めていくということだ。

(村田副会長)

今、戸所先生から大きな課題ということで交通の問題を挙げられたが、古い建物に関わってきて感じているのは、今回「歴史まちづくり」という言葉があるが、普段のまちづくりにいかに住民が参加しているのかというと、多分パブコメをやってもほとんど意見もないだろうし、日本の場合、いわゆる官主導で行っており、制度的に馴染まないのである。今回我々がやろうとしていることは、オリジナルなものの復元・復原を考え、屋敷構えもなるべく昔の型を目指しているわけだが、一番痛感するのは、文化財関係者が正当性だと言っているものは、一般の人は正当性だと思っていない、つまり、味方は数的にそんなに多くないと考えた方がいいということである。その意味では、日本の家の場合は私的な財産の権利が非常に重要視されており、自分の家を建てるときに、隣の家が何色かなど気にしない。どちらかというと他の家より目立つ方がいいと考える人の方が多い。

しかし、世界の色々な歴史的な風致を見てくるとそうではない。例えばモロッコの都市のことだが、青で全部統一している。これはモロッコの市当局が言っているのではなく、住民が自分たちでお金を出してやっていることである。建物、建造物、屋敷構えは自分のものだが、景観的な価値は公だという感覚は、日本人は持っていない。我々はそのことが当然であるかのような言い方をする訳だが、中々そういう理念が普及していない。そういう中で、きめ細やかな広報や理念の普及ということを相当やっていかないと、「また役所がやっていることだ」となるので、いかに住民の方々に参画してもらうかである。

つまり、大きな前提として文化財関係者の正当性は関係者のみのことであり、一般住民の正当性ではないということで動いた方がよい。これが間違いなくネックになってきていることがほとんどである。私が群馬県で見ている古い建物も99%は残らない。どんな価値があろうとも、新聞社が何を騒ごうとも残らない。経済論理で全て行ってしまうのである。そういったことがあるので、まさか自分の屋敷のことを他人が口を出すのか、という意識の中で、少なくとも歴まちでは方向性を出していくわけである。

その意味では総社山王地区であっても、街なかの県庁の地区であってもその時の前橋としてどういう外観が相応しいということを出していかないといけなくなる。それをある程度納得してもらい、又は、協力をしてもらわないといけなくなるので、そのための理念の普及のための講演会などを頻繁にやることと、少なくとも地元の人たちを相当入れた形で、納得して動くことをやっていかないと、役所がやっていて、あそこの家だけ補助金もらえばいい、となってしまっても困る。くどいようだが、広報と理念の普及をきちんと考えておいた方がいいと思う。

(3) 歴まちカードのデザインについて

事務局より資料に基づき説明があった。

(3)に係る質疑応答

(手島会長)

委員の先生おひとりずつ、感想、ご意見をお聞きできればと思う。

(戸所副会長)

それぞれいいなと思うとともに1案の場合は、現代的な建物で一般的には歴史は感じないかと思う。3案の庭はまだ新しいはずだが。実は今朝のNHK連続テレビ小説の「らんまん」で、鹿鳴館の映像に臨江閣が出てきた。中の映像は異なるようだが、それが3か4のような構図であった。

(石井委員)

私は3案がよいと思う。全体像が見えるのが一番いいのかと思う。例えば夕暮れ時も良いが、全体的に暗くなってしまうかもしれない。

(日下田委員)

答えとして合っているかわからないが、何のために作るのか正直わからない。つまり、歴史の話を今やっていて、いわゆるアカデミックなことを含めて地域の資源として歴史を保全するための話のカードなのか、地元のシビックプライドを作るためのカードなのか、観光プロモーションのためのカードなのか、目的によってカードの体裁や内容が変わってくるので、そこの説明が無いと答えようがない。

(事務局)

国交省から作ってくださいとお願いがあり、枠の色味、レイアウト等は、固定のものと決められている。なおかつ、出せる写真も国指定の文化財でなければならないということなので、前橋の場合は臨江閣や阿久沢家住宅や古墳に限られてくるという中で、まちなかに関してどうしても出したかったので、臨江閣に限定されたということである。目的とすると、対外的に歴まちを広めるというのが当初の目的だったようだが、今は各自治体の裁量がある程度認められるため、そこはシビックプライドを刺激するものにするのか、観光客向けにするのか、そこを各々の自治体で決めていくことになると思うが、一旦前橋市の場合は、認定をいただきましたので、歴まちの認定が取れたということをアピールするためのものということで案を作った。

(日下田委員)

歴まちが認定されたことをPRするためのカードというのは、いまひとつピンとこない。市のお金を使って作るのに、既にシンポジウムのイベントをやったり、前橋市のWebサイトでも周知されている中で、紙のカードをあえて作るのは、時代に逆行することで、そこにコストをかけること自体の目的の話がちょっと理解を超えてしまう。なので、もしそれならば明確に歴史まちづくりができたことを書いた方がいい。いずれのデザインでも、今言われた目的には合致しないと思う。

(飯塚委員)

目的という視点からは明確さに欠けるというところもあるが、たぶんこのカードができて、一旦ホームページでもPRすると思う。カードは紙のものなので、来ていただいた人に配布とすることになると予想される。それはさておき、どれかというところで考えると3案も全景があってというところであるが、庭園が現代に造られたものということからすると、アングル的に面白いのが4案だと感じる。

(阿佐美委員)

これは配るとするとどこで配るのか。

(事務局)

配布場所も国に報告しないといけないので、一旦は臨江閣と都市計画課の窓口など数か所指定して報告することにはなっている。

(阿佐美委員)

観光という視点で申し上げると、世間的にはダムカードやマンホールカードは、紙での配布になっているが、数値を見てみると、意外と多くの人に来ていただいているというのが実際のところである。そういう意味では、前橋に来ていただく、興味を持っていただくということで、訪れてみたいと思わせるものというと、全体像が見られて、昼間の明るい写真ということで、私は3案が良いと思う。

(川端委員)

認定をされたことを広く周知するためということから考えると、非常に悩ましいが、今まで説明をいただいた中で、歴まちというのは色んな経緯があるし、これからやろうとしていることがあって、それをこの一つのカードに表現することは非常に難しいと思うが、どう歴まちが認定されたか、カードをもらった人が歴まちを知っていただくきっかけになるのかと考えると、どの案を見てもわからないと思う。私が携わる観光の部分からいえば、3案や4案ということだが、それぞれの作成の目的を考えた時には、中々きれいに申し上げるのは、悩ましいところである。

(村田副会長)

先日、朝日新聞の群馬版で臨江閣をとり上げていただいた。市民の方から苦情がきたのが、臨江閣の別館の写真を掲載しておいて、天皇陛下が滞在されたということはないだろう、ということであった。こういった時に、ここの建物が国指定になったのはなぜかということが一番重要である。

臨江閣は、別館が取り上げられることが多いが、別館は公会堂である。元々は公会堂として設計されており、それを貴賓館として使っているだけである。本来は有名な方や高貴な方を迎える場所として出すのは本館である。観光的なものと視点が違う。歴史的な視点にたてば、一枚目に出すのは別館ではない。

もう一つは、最新の研究データを入れていただきたい、ということである。臨江閣の茶室が国指定となった当初は、日本大学の先生方の調査で、金森宗和の宗和流の茶室とされてきたが、最近は、岡田悠江さんの研究で、宗和流ではなく近代数寄屋建築なのではないかと言われており、私もその方が正しいような気がしている。

また、先ほど話題に挙がった、朝ドラでの鹿鳴館ができたのが明治16年で、明治17年にできたのが星岡茶寮と臨江閣本館である。この時代の日本において、県庁レベルでこういったものを造っている事例は他にない。そういう意味では、本質的なことを示す建物が良いのではないかというのが1つある。観光的な視点であれば、これは下から撮る必要はなく、県庁の上から撮っても良い写真が撮れる。別館もあり、本館もあり、茶室も少し屋根が見えるので、全体が見える建物が良いのではないか。

なお、文化財指定になっているところは、とりあえず指定になっているだけであって、研究が進んでいるわけではない。楫取県令が長州人であり、当時の県庁の職員も長州人である。毛利家がいわゆる接待場を防府に持っていたわけであるが、英雲荘と呼ばれている、三田尻御茶屋という国指定史跡になっているところにある大観楼という建物が、実は臨江閣の本館と瓜二つなのである。もしかすると、こういったところで、関連も出てくるかもしれない。そうすると全国的なレベルの話になってきて、さらには今井源兵衛という全国的な売れっ子の棟梁による建造物であるという点も挙げられる。

今申し上げたように、カードのデザインとなると、本質的な価値を示せるもので、全体的に上から撮ってある写真がいい。そして、最新のデータをきちんと確認して採り入れていただきたい。新しいものを発信していくことが、新しい価値づけになっていくと思う。

(手島会長)

国の重要文化財指定にご尽力された村田先生の言葉を聞いて安心した。臨江閣の3つ建物が指定された後は、一番目立つ別館が注目され、別館ばかりが写真等で使われることに違和感を持っていた。

私自身は観世流能を舞い、江戸千家流のお茶を点ててきたが、金森宗和流とは異なると、お茶をやる者としてずっと感じてきた。そんな折に大日本茶道学会の岡田悠江さんが同じような考え方の研究論文を書いたため、前橋学ブックレットに収めてもらった。おそらく当時の日本大学の見立てが誤っていたのだろう。また、本館の能舞台も最初は練習舞台とされてきたが、そんなことはあり得ないわけである。

そういった、指定当初とは異なる研究成果も出てきているので、村田先生が言われたように、歴まちの中でも本館と茶室が注目されるべきだし、それらこそ他にない歴史的に価値のあるものなのだ、ということが、皆さんのご努力によって解明されてきている。村田先生は建築の立場、私は実際に能や茶をやり、使う立場から感じているわけである。

今回の議論を踏まえて、事務局にはカードデザインについてもう少し検討していただき、作成していただければと思う。

3 その他

(1) 車橋門について

(石井委員)

これから計画を実行していくことが協議会の議題であると認識しているが、10年間かけて実行していく中で、今回は様々な事情で計画には取り上げられていないが、是非、忘れずにとどめていただきたい、ということをお話させていただきたい。

私は民間の立場で設計事務所をやらせてもらっているが、2017年と2019年に車橋門の復元について発表させていただいた。歴史は専門的な見解が大事であるが、歴まちを動かしながらいかに経済を活性化し、地域を良くして活力をあげていくというのも大きなお題だと思っている。国の支援を受けながら、そういったことを進めていくことは大切なことである。

先程議題にも出た、交通アクセスの問題を戸所先生も言っていたが、歴史だけというのは難しい話で、歴史と民間側が動いて活力をあげていくような施策を打っていく必要がある。今回のお題の中にもヒストリー×アーバンということなので、日下田委員を含めながら、前橋デザインコミッションや商工会議所も民間側で色々行いながら、歴史と一体になりながら、付加価値をあげていこうということが非常に大事であると思っている。

車橋門は民間の土地に載っているところはあるが、いくつかの土地を取得することによって復元することが可能である。また、水戸も宇都宮も同様の事業をやっているので、そういった部分も忘れずにとどめておいてほしい。

もう一つは、県庁前広場の再築、前橋城復元の提案である。2019年に私どもが発表したものであるが、県庁前広場が開放され、県が民間の活用を求めているようだが、あそこではこれまでイベントを進めてきたので、その流れもあると思うが、せっかく前橋でまちづくりをやっている中で、県の土地ではあるが、同じ前橋城の一環であるという中で、是非、埋めてしまったお堀と土塁、冠木門があったということで、前橋市からも県に働きかけて一体的にまちづくりができればいいなと思う。

大手門も民間の方の協力を得ながらという意見が出ていた。大手門は我々のお客様が優良建築物等整備事業でやったところに出てしまったものである。私も歴史的なものを大事にしたい中で、間に立って苦慮したところであるが、壊さないできれいに残せる形で、隣地を取得すれば見えるような状況にお客さんと市と打ち合わせをして企画したものである。その時に提案したのが、隣地側から見るような形で大手門もやっているので、こういったとろも大手門が見える拠点の一つとして、復元することはなかなか難しいが、是非こういったものも進めていただくとありがたい。

4 閉会

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都市計画部 都市計画課 景観・歴史まちづくり係

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更新日:2023年07月19日