相生町
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〜旧町名を記憶する場〜 相生町
このあたりは昭和30年代まで「相生町」と呼ばれていました。
金銀細工職人が開いたとされる「白銀町」と、鍛冶屋が集まったと考えられる「鍛冶町」が明治6年(1873)に合併する際、夫婦のように2町が協力し、長く栄えるようにと名付けられたといわれています。本町や連雀町と同様、町人のまちとして栄えたといわれ、昭和28年(1953)には、戦災復興計画により群馬大橋線が開通しました。


昭和30年代の五差路から相生町方面を写す
『戦災復興誌関係写真』前橋市立図書館所蔵
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更新日:2025年03月25日